ジョディ・フォスターは何故クラリス役を辞退したのか 映画「ハンニバル」
「羊たちの沈黙」から10年後が舞台となる続編映画「ハンニバル」の紹介です。
いろいろ問題があったのでしょうけど、原作小説から話の核心部分も含めて
終盤が丸ごと変更されています。その辺りにも軽く触れていこうと思います。
「ハンニバル」2001年アメリカ映画
原作:トマス・ハリス 監督:リドリー・スコット
脚本:デヴィッド・マメット、スティーヴン・ザイリアン
出演:アンソニーホプキンス、ジュリアン・ムーア
スティーブン・キングが絶賛
原作小説は1999年に出版され映画の公開は2001年2月で
本の出版から殆ど間が開いておらず、出版と同時に映画化が決まりました。
「it」や「シャイニング」の原作者スティーブンキングは「レッド・ドラゴン」
「羊たちの沈黙」の出来を凌駕しているとニューヨークタイムズブックレビューで
原作小説を大絶賛、「エクソシスト」と並ぶ20世紀の傑作とまで言わしめました。
監督は「エイリアン」「ブレードランナー」のリドリー・スコット監督、この頃の
リドリー・スコットは低迷期で「グラディエーター」のヒットで一時名声を
取り戻しましたが、その後もあまりヒットには恵まれていない印象です。
しかし映像作家としては超一流で印象的なシーンが数多く観られます。
あらすじ
バッファロー・ビル事件から10年後FBI特別捜査官となった
クラリス・スターリングは麻薬捜査の指揮を執っていたが一般人が多く居る中
銃撃戦に発展し多数の犠牲者を出した責任を問われ、FBIからも孤立し
窮地に立たされます。
報道によりその窮地を知った大富豪メイスンはクラリスに接近します。
メイスンはその金と権力を使いクラリスをハンニバル・レクター捜査の名目で
FBIに復帰させました。
メイスンはレクターの被害者でレクターにより洗脳させられ、自分で自らの顔の
皮膚を剥ぎ取り飼い犬に食わせるという凶行を行わせられました。
メイスンはレクターを恨んでおり、復讐の為クラリスを使ってレクターの居場所を
突きとめさせようと考えているのです。
クラリスは他にもレクターを探している者たちが居る事を知り
情報を得ようと接触しますが成果が上がらず行き詰まります。
そんな時、レクターの方からクラリス宛ての手紙が届いたのです。
クラリス役はジュリアン・ムーアに変更
レクター役はアンソニー・ホプキンスが続投しましたが
クラリス役だったジョディ・フォスターはこの役を蹴っています。かつて
アカデミー主演女優賞を獲ったクラリス役を他人に譲るというのは
どういう事なのでしょうか。
当時のジョディーは同じ役は2度は演じないと公式には発表していたそうですが
原作や脚本の内容が気にいらなかったという説が一番濃厚で
その後、代役を引き受けたジュリアン・ムーアも脚本に難色を示し内容が変更
されたそうです。
ちなみにジョディの代役の第一候補は「Xファイル」のスカリー役の
ジリアン・アンダーソンだったそうですが、この頃はまだ「Xファイル」の契約が
残っていて他作品でFBI捜査官の役を演じる事が出来なかったんだそうです。
原作からの変更部分
偽名を使いイタリアに潜伏していたレクターをフィレンツェの警察、クラリス、
メイスンの手下らが必死で追い詰めるという大まかな流れは一緒です。
映画では最終的にレクターを捕まえる事が出来ず逃亡を許してしまうのですが
原作ではどうなっていたかというと終盤はレクターとクラリスの逃避行に
なっていき、完全に恋人同士のような深い関係になっていきます。
「羊たちの沈黙」でバッファーロー・ビルに娘を誘拐された女性議員に「お前は
娘を母乳で育てたか?」とレクターが質問する場面がありましたが
同じ質問をクラリスはレクターに対してします。「ハンニバル・レクター
あなたのお母様はあなたを母乳で育てたの?」それからレクターの亡き妹の名を口にし
「そのお乳をミーシャの為に譲らなければと考えた事は無かった?」
レクターは覚えていないが妹の為なら喜んで我慢したと思うが?と答えると
クラリスは自分の乳房をさらけ出して「これならば諦める必要は無いのよ」と言い
レクターに自分のおっぱいを吸わせだし、その後何度もセックスをするのです。
こんなの絶対ジョディ・フォスターが嫌がるに決まってるでしょ。
彼女はレズビアンをカミングアウトしてるのにアンソニー・ホプキンスみたいな
ジジイ相手にそんなラブシーンを演じる訳がないし、ジュリアン・ムーアだって
そりゃ抗議もするでしょう。
ハンニバルの記憶の宮殿
原作でのレクターとクラリスの関係を繋ぐきっかけになったのですが
レクターは「記憶の宮殿」という特殊な記憶法を会得しており、それは自分の
意識内にいくつもの部屋を構築しその部屋の中に様々な記憶を
しまい込んでいるのです。
そして「記憶の宮殿」に入り部屋の扉を開けば死んだ者にも会えるのです。
その術をクラリスにも教えクラリスの中にも「記憶の宮殿」を構築します。
レクターに宮殿の中を連れられクラリスはその中で大好きだった父親と再会を果たし
父とのわだかまりを無くし、ついにトラウマから開放されたのでした。
そしてレクターの中にもあった記憶の奥底に閉じ込めてあった妹、ミーシャという
トラウマをクラリスと記憶を共有し、クラリスもミーシャと姉妹のようになれるわと
受け入れ、レクターも自分の過去を受け入れる事ができるのではないかと
思うようになるのです。
まとめ
原作からの変更は個人的には大英断だったと思います。その辺は監督がリドリー・スコットだったおかげでしょうか(ブレードランナー然り原作通りに作らない監督なので)
そのままやっていたらホラー映画を観ていたらいつの間にか「インセプション」に
なっていたなんて事になりかねません。
ただやっぱりクラリスはジョディ・フォスターに続投してほしかったですね。
メイスンも登場するドラマ版のハンニバルもおすすめです。
それでは以上、『ジョディ・フォスターは何故クラリス役を辞退したのか 映画「ハンニバル」』でした。